南無妙法蓮華経
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釈迦牟尼仏、大曼荼羅
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久遠寺
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日蓮聖人
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日蓮宗、法華宗(本門流)、法華宗(陣門流)、本門仏立宗
天台宗清澄寺に入り、得度してから21歳の時に比叡山へのぼると膨大な書物を読破しながら教えを求めて園城寺、高野山などへ訪れていた。このような修行研鑚を11年間続け、「お釈迦さまの最高の教えである『法華経』こそが救いのよりどころとなる唯一の経典である」という確信を得た。
清澄寺に戻った日蓮は、清澄山頂に登って「南無妙法蓮華経」の題目を高唱し、日蓮宗の立教を宣言した。その後、「法華経を広めようとする行者は難に遭う」という法華経に書かれている予言通りに数々の難に遭い、死の危険にさらされることになる。
『立正安国論』を時の執権北条時頼に提出するが、その内容を危険視されて流罪になってしまう。そこでも難に遭うが奇跡的に逃れることができた。
ようやく許された日蓮は身延山に入り、生涯を閉じるまで著作と後進の育成に努めた。
立正大学(東京)、身延山大学(山梨)
妙法蓮華経(法華経)
主だった日本仏教各宗派の中で、日本人宗祖の名前を冠して宗派名にしているのは日蓮宗だけである。それだけ日蓮聖人の存在意義が教義に大きく反映しているといえる。
日蓮宗ではお釈迦さまの説かれた教えの中でも『法華経』こそが、世の中を救う最高の教えとしている。日蓮聖人の教説を通して法華経を理解し、実践していくのが日蓮宗である。
「法華経の内容を全て信じ帰依する」という言う意味の「南無妙法蓮華経」を唱えることを何よりも重要な修行としている。
大曼荼羅
(右)鬼子母神・(中央)十界曼荼羅、三宝尊、日蓮聖人・(左)大黒天
毎朝、初出しのご飯とお茶をあげ、香のよい線香をたいて仏前に正座合掌して「南無妙法蓮華経」とお題目を唱える。
中央には十界曼荼羅か釈迦牟尼仏、あるいは三宝尊のいずれかをご本尊としてまつる。
※三宝尊とは向かって右に多宝如来、中央に「南無妙法蓮華経」のお題目、左に釈迦牟尼仏を配したもの
その右に鬼子母神、左に大黒天をまつる。そしてその前の中央に日蓮聖人をまつる。
※地域や仏壇の大きさによってまつり方が違う場合がありますので、正しくは菩提寺にお聞きください。